浜名湖の神様に俺のハヤブサ・ターボを捧げてからずいぶんたつ。
すでにハヤブサには新しい命が宿り、車検を取ればすぐさま走り出せるというのに、ずっとほったらかしのままだ。
これには余人には計り知れぬ深い理由があり、すなわち金が無いのである。
ウチは男ばっかり3人の子供がいる。俺が25のときに長男が出来て、3年おきに3人生まれた。
おかげさまで今年長男は25歳、次男は22歳、三男は19歳になる。
子供を持つ家庭ならば想像がつくだろうが、ウチもご多分に漏れず経済状況は教育費により壊滅的な被害を受け、バイクどころではない。
教育費だけならまだしも成人した二人の就職もままならず、ハロワ通いの毎日だが正社員までの道は遠い。バカな息子でアレなのだが、これも俺がちゃんと育てなかったせいなのかと思うとこれまた恥ずかしい。
今年50になる俺は、職場の年齢制限があり、地元に戻ることになった。
一番下のコゾウは浪人生だし、浜松に戻ってもますますコゾウどもの就職先は無さそうだし、ということで俺は逆単身を覚悟していた。
普通なら4月が異動の時期なんだろうが震災の影響だかなんだかで、結局7月になった。
逆単身だと思っていたら、なんと沼津だという。結局俺は毎日2時間かけて川崎から新幹線通勤をすることになった。
2週間ばかり通ってみたが、慣れてみればどうということはない。行きも帰りも新幹線ではゆっくり座れるし、今のところ仕事も本格的にはなっていないので定時帰りだ。
前の職場が忙しすぎたせいか、これから忙しくなったとしてもそれほど無理は感じなさそうだ。
で。
思ったよりもストレスは無さそうなのは良かったのだが。
逆単身ともなればいろいろと移動の足が必要だよなあ、と暖めていたプラン…というか妄想が宙ぶらりんになってしまった。
移動にはさすがにバイクだけというわけにはいかないだろう。雨の日もあるだろうし妙齢の女性にどうしてもと言われれば軽トラの荷台というわけにもいくまい。
俺用のクルマなら自分の好みだけを優先すればいいから、この機会にいっそオープンカーでも買うか、今ならTVRキミーラが安くなってるからお買い得。500でも200万で買える!
などと勝手なことを言っていたのである。
「お金なんか無いわよ」と女房が言うので「俺には労働金庫という強い味方が」と抗弁する。
「借金これ以上増やすつもり?大学の学費だってまだ残ってるのよ」女房の言うことはいちいちもっともである。
「あれ?借金ってのは時間が経てば自動的に減ってくもんだろ?」
と俺が答えると「もういい」と女房は言った。納得してくれたようだ。
ただ、俺の飯がここんとこご飯しか無いのは気のせいか。仕方ないので梅干をおかずにしているのだが。
結局キミーラを買う機会を逸したまま毎日梅干を食っているのだが、流石に酸っぱい。ヨダレがたれる。
ヨダレをたらしながら俺は考えた。
キミーラ買わずに余ったお金が200万円もあるのだからバイクくらいはアレしてもバチは当たるまい。いやむしろ褒められて然るべきである。無駄にせずにすんだ、エコだ、自然に優しいと。
俺も社会の一員であるからには震災で傾いた日本経済の起爆剤としてバイクに力をそそぎ、復興の一助、社会の木鐸となるべきではないのか。
経済のため社会のためエコのため家庭のために、俺はバイク屋で寝ているハヤブサをアレすることにしたのである。
「まあ、アナタ素敵。さすがは私の旦那様。ご近所にも鼻が高いわ」
女房はそういって俺の梅干を取り上げた。
「そんな旦那様にはこんな梅干なんて食べさせられないわ」
戻ってきたのは梅干の種である。
今は種を割って中の身でごはんを食べている。これはこれで珍味である。
さて、ハヤブサをアレするに当たって何をアレするかが考えどころである。
ただ修理代を払い、車検を取りましたでは芸がない。
俺のハヤブサにはあんなところこんなところに不満があるのである。
…… 続きを読む