バイクを浜名湖に落とした俺が湖のほとりで呆然としていると、水面がぶくぶくと泡だって浜名湖の女神が現われた。
女神はどうみても年増で、ポッチャリというにはキツイ体型だった。
女神は俺に最新モデルのCBR1000RRを差し出してこう言った。
「お前が落としたのはこのCBRか?」
「いえ女神様。矢よりも疾(はや)く、風よりも軽く、美しい仕上げと紳士な振る舞いのCBRは俺のバイクではありません。俺のバイクはもっと野暮で鈍くさいです」
「しばし待て」
女神はもういちどぶくぶくと湖に潜り、やがて今度はマジェスティを抱いて現われた。
「お前が落としたのはこのマジェか?」
潮風にやけたガラガラ声はハスキーボイスというには程遠かったが、これはこれで味があると俺は思った。
「いえ女神様。快適で便利で愛される、人気のマジェスティは俺のバイクではありません。俺のバイクはもっと醜く野蛮です」
女神はめんどくさそうに小さくチッと舌打ちしてまたぶくぶくと湖に潜り、やがて今度こそ俺のハヤブサを抱いて現れた。
「お前が落としたのはこのガラクタか?」
俺を覗き込んだ女神は色黒で、森三中の黒沢に似ていた。
「そうです、そのキチガイバイクです!」
俺は飛びついた。
女神に。
いや、俺、こういうの結構イケるよ!
女神はさっと身を翻し、太い足で俺の顔面を蹴った。とっさに後ろ飛び受け身をとったが、元来ヘタクソなので見事に鼻を強打した。女神はハヤブサを放り投げると「バカじゃねーの」と毒づいてぶくぶくと湖の中に去っていった。
後にはCBRもマジェスティも姿は無く、カキ殻と泥とワカメと塩水にまみれて壊れたハヤブサと鼻血をタラした俺が横たわっていた。
……
クレーン(3)
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